わたくしといふ現象

呉夏枝《floating forest》 photo: Masakazu Ohnishi

 

今回の展覧会は、ファイバーワーク、テキスタイルアート、ファブリック、染織とどう呼んでもいいのですが、いわゆる糸や布を素材にした「作品」を展示していながらも、木村敏氏の「自己」や「生命」をめぐる思想をわたしなりに根幹としているため、美術や工芸以外のさまざまな言葉や現象とも接続される可能性にひらかれています。

たとえば、先日来場くださった方と話しているなかで「宮沢賢治『春と修羅』の<わたくしといふ現象>を想起しました」という声を聞くことができました。その詩は、とても大切なことを教えてくれているように思いますので、ここに一部を抜粋します。

 

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わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

(…)たしかに記録されたこれらのけしきは
記録されたそのとほりのこのけしきで
それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで
ある程度まではみんなに共通いたします
(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
みんなのおのおののなかのすべてですから)

(…)われわれがわれわれの感官や
風景や人物をかんずるやうに
そしてたゞ共通に感ずるだけであるやうに
記録や歴史 あるいは地史といふものも
それのいろいろの論料データといつしよに
(因果の時空的制約のもとに)
われわれがかんじてゐるのに過ぎません
おそらくこれから二千年もたつたころは
それ相当のちがつた地質学が流用され
相当した証拠もまた次次過去から現出し
みんなは二千年ぐらゐ前には
青ぞらいつぱいの無色な孔雀が居たとおもひ
新進の大学士たちは気圏のいちばんの上層
きらびやかな氷窒素のあたりから
すてきな化石を発掘したり
あるいは白堊紀砂岩の層面に
透明な人類の巨大な足跡を
発見するかもしれません

すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長のなかで主張されます

 

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展覧会そのものはまもなく3月4日で終了しますが、展覧会がもたらしてくれる広がりはまだまだ終わることがないように感じています。

 

2018年02月27日(火)

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