風通織に至る道筋

高木秋子さんの作品展示が福岡女子大学美術館で開催されていました。「髙木秋子展 福岡女子大学の教育が育んだ髙木秋子の染織の世界 風通織に至る道筋」。高木さんが学んだ福岡県立女子専門学校は現在の福岡女子大学の前身にあたり、そのことが縁になって開催されたようです。高木さんのご遺族が所蔵されている着物や資料が館内の至る所に展示され、戦前生まれの作家の生涯を改めて知り、考え直すことのできる、小規模ながら大学美術館にふさわしい意義の深いものでした。

福岡女子大学美術館での展示風景

もともと絵描きになることを夢見ていた一人の女性が、戦争を通過して織の道を志す。「自分の身の回りの物は自分でつくれないといけないから」としばしば口にされていた言葉の意味を、私たちはいっそう深く受け止めなくてはいけないでしょう。高木秋子さんが学校で学んでいた家政学とはどういう学問であったのか、彼女がなぜしばしば沖縄の風物をモチーフにしたのか、彼女が最後に辿りついた風通織という織に見出したものはなんだったのか。さまざまな問いが、展示を見ながら去来しました。

http://www.fwu.ac.jp/blog/detail/i/521/

ふと、鈴田滋人さんが以前語ってくださった言葉が頭をよぎりました。「作家は自らの表現に何らかの社会性を託さねばなりません。つまり作品を社会に開くということです。その意味では、工芸はそもそもの始まりからして社会性を持っています。なぜならそれらは用を満たしているですから。しかし、そのことを意識してつくっている工芸作家は、近頃ではほとんど稀なように感じられて、とても残念に思っています」。

私たちもまた彼ら彼女らの営みを「伝統工芸」という枠の中だけで見て、片付けてしまっているのではないでしょうか。

2017年08月02日(水)

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