愚のごとく、然りげなく、生るほどに

すばらしい本が手元に届きました。福本繁樹さんの作品集です。全冊の表紙に福本繁樹さんによるオリジナルの染め・布象嵌作品が貼りつけられ、しかも1点ずつ異なるという豪華さ。嘆息を遙かに超え、もはや絶句してしまうしかありませんが、けれど眼は布から発せられるほのかな光に慰撫され、心は本の中から放たれる気に抱擁されるのです。

サブタイトルは『愚(ぐ)のごとく、然(さ)りげなく、生(な)るほどに』。序文にはこうあります。「制作へのひらめきは、素材に見いだす生き生きとした表情と、それを生かす技法をひねりださせたときに浮かびあがる。手を動かし、心を動かし、おのづからともみづからともつかないプロセスのなかで、イメージがかたちとなる。作品に厳然とした存在感があるのか、そこに作者の心ばえがかがやいているのかが大切だ。・・・・・・永永と愚のごとく、淡淡と然りげなく、粛粛と生るほどに、作品ができればと思う。」短いながら、福本繁樹さんの制作に対する考え方、さらには生に対する姿勢が凝縮された言葉だと思います。

ところで、このサブタイトルの英語訳は、TO DYE, PERCHANCE TO DREAM とあります。直訳すれば「染める、おそらくは夢を見る」となるのでしょうか。調べてみると、シェイクスピアの『ハムレット』の中に To sleep: perchance to dream という有名な句がありました。死んだように眠ることができれば苦しい人生を長引かせることもないのに、人は夢を見てしまうのだ。そういう文脈のなかで出てくる言葉のようですが、ここではsleepをdyeに置き換えることによって、dreamがポジティヴなものへと反転されています。と同時に、dyeとdieとが重ねられ、『ハムレット』における死生観をも転覆しようと企てるのです。染めを日本固有の文化と捉え直し、日本的な生のあり方から探求し続ける福本繁樹さんの真意をつかんだ、なんと含蓄の深い翻訳でしょう。

 

2017年09月28日(木)

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