不在の存在

ポーランド人作家のマグダレーナ・アバカノヴィッチが2017年4月20日にこの世を去りました。当館で現在開催中のコレクション展では、その追悼の意も込めて彼女の作品を2点出品していますし(〜9月10日)、また野外彫刻広場には《ヒロシマー鎮まりしものたち》という作品が展示してありますから、機会があればぜひ見ていただければうれしく思います。

https://www.hiroshima-moca.jp/exhibition/collection2017-2/
https://www.hiroshima-moca.jp/openair/

1930年にポーランドのファレンティで生まれたアバカノヴィッチは、大学で絵画と彫刻を学びますが、まもなくファイバー・ワークに転向します。60年代半ばから自身で編んだ布による巨大な立体作品《アバカン》シリーズを開始し、70年代半ばからは黄麻布を素材にして人体や生命的な形をかたどった《改造》シリーズを制作するようになります。ちょうど1962年からスイスのローザンヌにおいてローザンヌ・ビエンナーレが始まり(1995年の第16回展が最後)、ヨーロッパにおいてファイバー・ワークやテキスタイル・アートが現代的な新しい局面を迎えるようになった時代でもありました。同時に彼女の作品は、日本の染織作家、テキスタイルアーティストにも大きな影響を与えました。

本展の出品作家、上原美智子さんもアバカノヴィッチに衝撃を受けた一人です。1991年にセゾン美術館で開催されたアバカノヴィッチ展(その後、滋賀県立近代美術館、水戸芸術館、当館を巡回)を「これまで本でしか見たことのなかった彼女の作品をどうしても見たい」と沖縄から足を運び、「心底震えるくらいに感動し」たそうです。しかし「圧倒的な物の存在感」と「ポーランド人としてのアバカノヴィッチが体現する西洋人の構築への意志、記念碑的な美意識」が、「私は違う方向だな」とはっきり気づかせてくれたそうです。そして「ああ、消えていくものに自分は賭けよう」と。

「糸の先へ」展会場風景(2012年、福岡県立美術館) 撮影:泉山朗土

たどり着くべくしてたどり着いた作品が《3デニール》(2006年)です。デニールとは糸の太さの単位で、1デニールは長さ9,000mの重さが1gとされ、デニール数の大きさは糸の太さに比例します。繭糸1本の太さが2〜3デニールといわれ、《3デニール》とはすなわち蚕がはき出した1本の糸から織りだした布の作品を指しています。

上原さんはその《3デニール》について、このように語っています。「存在、不在の存在というのかな。限りなく見えないけれどももの凄くはっきりあるという。(中略)それは音だったり映像だったり光だったりするかもしれませんけど。(中略)記憶の存在みたいなもんですよね。不在の存在みたいな感じで、見えないからこそ見えるみたいな。見えないからこそ見えることを促すというかね、このぎりぎりのもので。たくさんのものを促すというか、深いものを促すというか」と。

《3デニール》は本展の出品予定作品のひとつです。きっとみなさんの眼と心を震わせることでしょう。

 

2017年08月20日(日)

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