休館日
オープン・プログラム
Hiroshima MoCA FIVE 23/24
入選作品
浦上真奈《浮かびながら結ぶ Tie while floating》(部分)2024
浦上真奈(うらかみ・まな)
《浮かびながら結ぶ Tie while floating》
今回の作品は‘Third time in one’s life’というテーマのもと、2017年から継続的に制作をしている作品の一つです。蚤の市で見つけた古い写真を再利用し、被写体がもつ自然の模様や切り取られた風景・表情などに焦点をあて、制作を進めています。
人間は二度死ぬという話を聞いたことがあります。一度目は肉体的な死。そして、二度目は忘却による死。これらの作品は、完全に忘れ去られた写真(記憶) に、手刺繍で新たな表現を加え、三度目の生を纏い、どこかで誰かの記憶になる事を意図している作品です。
公募展のテーマ「リニューアル」と自身のコンセプトでもある「再生」が繋がることで、過去からの新たな視点・捉え方を共有できる空間となりました。
浮かびながらゆるりと結ばれた糸はそれぞれの価値観、思想、概念など多種多様な色が混じり合い、そこにある流れに身を委ねています。近くで見たり、優しく触れたり、ぜひ体感してみてください。
津川奈菜《Better life》(部分)2024
津川奈菜(つがわ・なな)
《Better life》
広島はかつて全国1位の移民送出県でした。地租改正による重税や凶作、特に広島は増加した人口に対して耕地が少ないなどの理由もあり、より多く稼げるサトウキビなどのプランテーション労働者としてハワイへの移民を選択する人はめずらしくありませんでした。
私の親戚もハワイへ出稼ぎに行ったそうです。彼はハワイから広島へ戻ると、ひとりでちょっとしたトンネルを掘りました。そのトンネルのおかげで行き来が便利になり、地域の人々に感謝されたそうです。
私はかつての日本人移民の境遇や姿勢を感じることで、現在の日本が直面する移民問題への見え方も変わるのではないかと考えました。そして、移民として未踏の地へ拠点をつくる人々の姿や、トンネルを抜けると見える景色はどのように更新されるのかということに思いを巡らせて制作しました。
西川茂《Sealed Building -Atomic Bomb Dome-》のためのドローイング 2024
西川茂(にしかわ・しげる)
《Sealed Building -Atomic Bomb Dome-》
私はここ数年に渡り建設中、解体中、あるいは改修中の鉄の足場とシートで覆われた建物をモチーフとして、作品を制作しています。
現代の日本において、郊外には新興住宅地が広がり続け、都市部には高層ビルが伸び続けています。こうして水平にも垂直にも広がり続ける都市はどこまで拡張を続けていくのでしょうか。
けれども、誕生した生命が幾許かの時を得て死を迎えるように、かつても、これからも建設された建物はいずれ解体されます。そして建設(解体)の間、建物を覆うシートはかつての場所の忘却と、新たに生まれる記憶の狭間を意味することになります。人々は何を捨て、何を忘れ、何を見て、これから何を求めていくのか。
描かれた仮囲いのその向こうには、変わりゆく風景の移ろい、世情の変容があり、今が更新され未来が続いていきます。
今展示のモチーフである原爆ドームは、そうした通常の建物とは異なり、老朽化しても取り壊されることなく、残されていく建物です。凄惨な記憶と共に、語り継がれていく建物です。あの日一瞬にして更地になった地平。そしてそこから周りの風景は原爆ドームを中心に再生を続け今に至ります。今後も変わらないであろうその風景の在り方を残したいと思います。
そして、それでもいつの日か原爆ドームがリニューアル(改修)される事なく、役目を終えて土に還り、そこから新たに始められることを、そんな時代が来る事を願っております。
平井亨季《祖父の手を持つ》2023 [参考作品]
平井亨季(ひらい・こうき)
《インク壺としての都市、広島 / 呉》 【広島市現代美術館賞】【特別審査員賞】
これは広島市と呉市の持つ歴史的かつ風景的なコントラストを扱う映像作品です。
2018年8月、東京から呉への帰省の際、その夏の豪雨災害により呉線が使えず、宇品港から呉港までのフェリーに初めて乗りました。海側から見た広島-呉は新鮮で、幾度となく往復したふたつの町を同じ視界に捉えたその光景は強く印象に残りました。
やがて、知らず知らず内面化してきた故郷の風景を、ある種の集団の表現として鑑賞するようになっていきました。広島と呉、近代都市としての起こり方の違い、陸軍/海軍の街という発展の違い、戦後の復興に際して用いられた平和という言葉の持つニュアンスの違いが、地理的な条件に収まらない風景の違いとなって現前していることを思い出すように知りました。
霞んで見えにくい「廣島」のシルエットが呉の風景から透かして見えるのではないかという思いも、こうした再会的な知見によって生まれ、制作の動機となりました。
今作では、既知の風景をなぞって描くという行為を積み重ね、近いようで遠いふたつの町を再接続するための新しい地平を準備しました。
保泉エリ《うつしとどめるために》2024
保泉エリ(ほずみ・えり)
《うつしとどめるために》
彫刻家、舟越保武(1912-2002)の《牧歌》は、1965年から1999年まで広島駅南口壁面に設置されていた彫刻作品です。
現在行われている広島駅ビル建て替え工事をきっかけに、この彫刻が既に現存しないものであることが明らかになりました。駅ビルの運営・開発を行う会社によれば、彫刻は2023年の報道とは異なり、1999年に実施された同駅南口全面改装の際に撤去され、その後行方がわからなくなったそうです。
私は広島県で育ちましたが、広島市は遠い存在でした。《牧歌》もこの目で見たことがありませんでした。しかし、これまで彫刻をテーマに制作活動を行ってきた私は、今回の出来事をどうしても他人事として捉えることができませんでした。なんだか、遠くで起きている災害や争いを、報道で知ったときの感覚と似ていたのです。
広島駅が生まれ変わるにつれて、《牧歌》の記憶は曖昧になってしまうと感じました。本作品を通して、私自身と広島市の街にこの彫刻の記憶を写し留め、ある種の再設置を試みたいと思います。
特別審査員講評
「リニューアル」という今回のテーマは、広島市現代美術館のリニューアルオープン記念特別展「Before/After」でも展開されていたように、人生におけるさまざまな再生や再開のモーメントから始まり、時間の概念の組み替え、さらには原爆投下による被害からの復興、近代も含めた既存の枠組みに対する見直し、未来への提言まで、大きな批評的な広がりを持っている。多様な問題意識を持った応募作品が寄せられる中で、広島市現代美術館賞と特別審査員賞のダブル受賞となった平井亨季の作品は、静謐な空気を湛えつつも、特にこのテーマがもたらす批評的射程を最大に広げるようなダイナミズムが感じられた。自分の手で引く一本の線が、交通、移動すること、広島と呉という二つの都市の関係、軍事都市としての成り立ちの違い、さらにはそうした差異を2都市にもたらした近代という枠組みへと、私たちの思考を導いていく。
津川奈菜の作品は、広島の移民の問題を扱い、新天地での再出発を描いているが、それまで自分が描いていたドローイングを、事後的に現れたテーマに展開している点で、「新しい風景」の現れが一層説得力のあるものになっていた。西川茂は、過去と現在、崩壊と再生が双方向に行き来するような時間の1点を、改修中の原爆ドームというモチーフに託し、強い印象を残す絵画を実現した。保泉エリは、かつて広島駅に存在し、都市開発によって失われた彫刻の記憶を、自らの手によって呼び覚まし、時間や物質世界を超えた芸術の存在を証明しようとする真摯な作品を提示した。蚤の市で見つけた古い写真に手を加え、死に結びついてきたこのメディアに、鑑賞者の風景の中で新たな命を与えようとする浦上真奈の作品は、記憶の隙間に浮遊するような写真の選択や展示方法に新鮮さがあった。
これら参加作家たちの作品はいずれも、破壊や死をもたらすような不可逆的な時間の流れに抗う力強さを持ち、全体で一つの優れたグループ展ともなっていた。世界で今現在も起きている様々な出来事を想起させつつ、現代美術とは、私たちがより良く生きるための作法、究極的には戦争を繰り返さないための思考上の模索なのだということに、改めて立ち返ることのできる経験だった。
基本情報
アーカイブ
記録集
企画|竹口浩司(広島市現代美術館)
執筆|浦上真奈、津上奈菜、西川茂、平井亨季、保泉エリ、藪前知子(東京都現代美術館学芸員)、竹口浩司
英訳|クリストファー・スティヴンズ
写真撮影|亀川果野(pp.13, 14右上, 18右下, 21, 22左, 26左下)、国広詞恵(p.12)、竹口浩司(pp.14左, 17, 18左,
22右上)、松尾宇人(pp.7, 28)、他はすべて花田憲一
デザイン|桜本秀一(hyphen design works)
発行|広島市現代美術館
発行日|2024年6月9日
目次
主催者あいさつ
特別審査講評
展示風景
作家/作品
浦上真奈
津川奈菜
西川茂
平井亨季
保泉エリ
資料
実施経緯
広報物
開催概要
展示風景
イベント・カレンダー
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